Dr.マリが綴る『水と健康』AtoZ Vol.1

エナジック・インターナショナル顧問
医学博士 上古眞理(じょうこ まり)

エナジックインターナショナル顧問の上古真理医学博士が「水と健康」をめぐる連載を開始します。「人間の身体にとって水とは何か」から始まり、電解水の特長や意義、その使用実態などを、科学的・医学的見地から平易に解説していきます。

株式会社エナジックインターナショナル 広報誌 『E-FRENDS』より転載

琵琶湖を通じて学んだ「水」の意義

わたしは京都府の南部、長岡京市で生まれ、大学を卒業するまで、そこで生活をしました。2014年9月から放映されたNHKの朝の連続テレビ小説「マッサン」で有名になった、山崎のウィスキー 蒸留所のすぐ近くの町です。日本初のウィスキー蒸留所ができるくらいですから、当然、良い水に恵まれていました。

実際、当たり前のように美味しい水を飲んでいたので、京都市や大阪市に遊びに行くと、消毒薬の臭いがする水がまずくて飲めなかったのを覚えています。

大学は滋賀県大津市の国立滋賀医科大学医学科に進学しました。滋賀県は全国的にみると存在感の薄い県ですが、「日本一広い琵琶湖がある」といえば、印象は変わるのではありませんか。 この琵琶湖が身近になったことで、わたしは「水」 に関心を持ち、いまに至っているのではと思うことがあります。

琵琶湖は、関西圏およそ1,450万人が利用する水道水の水源になっています。1977年にこの琵琶湖で淡水赤潮が発生し、住民運動が起こりました。その結果、79年には、工場の排水規制と、リンを含む家庭用合成洗剤の販売・使用を禁止する 県条例が制定されました。下水道の整備も非常に早く進みました。

87年に「抱きしめてBIWAKO」という、水と命をテーマにしたイベントが始まりました。琵琶湖1周 235kmを、手を繋いだ多くの人の輪で囲んだのですが、実はわたしも参加していました。

■苦心した病気と水分摂取量

大学を卒業した後は、現在までほとんど滋賀県に住んでいます。その間、水道水の水質の良し悪しに直結するので、いつも琵琶湖の水位を気にしていました。そうはいっても、周辺の山々の雪解け水 と梅雨時の雨の量次第で、水位は決まってしまうのですが――

わたしは滋賀医科大を卒業すると、初期研修を終えて、93年に同大・大学院医学系研究科に進み ました。そのころ、わたしの地元・長岡京市の友人が遊びに来て、大学のある大津市内で食事をしたのですが、「なぜレストランの水はまずいの」と聞 かれました。

彼女はずっと地元に暮らし仕事もしているので、美味しい水しか飲んでいないのです。わたしは そのころ“ただの水”を飲むことはほとんどなく、水 分はもっぱらお茶かコーヒーで摂取していました。彼女の言葉に我に返ったわたしは、いろいろ調べて水道に据え置き型の浄水器をつけました。 ウソのようにご飯とお茶がとっても美味しくなったのを覚えています。

わたしは滋賀医大の内科の医局で初期研修を受けました。その折り、入院中の患者さんの多くが複数の病気を抱えているため、1日に摂取する水分量、タンパク質量、カロリー量などをうまく組み合わせるよう常に考えていました。中でも、心臓や腎臓が悪い患者さんにとっては、水分の摂取量が特に重要ですから、1日当たりに食事とそれ以外で摂る水分量を慎重に調整していました。

加えて人工透析中の患者さんは腎臓の機能が無くなっているため、ほとんど尿が出ません。そのため概ね1回4時間で週に3回かけ、血液中の毒素と水を透析装置を通して濾過します。そのさい 体内の水分を抜くので、体重が透析前より数キログラムも増えていると、(4時間でその分を減量するのと同じですから)ものすごく身体に負担がかかります。体重(水分)が増え過ぎると、肺に水が溜まることもあるので、摂取水分量の調節は大切なことなのです。

■登山で知った水の大切さ

こんなふうにわたしの医師活動は、「水分を制限しましょう」ということから始まったようなものです。ところが、市中病院に勤めるようになってから は逆に、「水を飲みましょう」という話をすることの 方が増えました。なぜなら、トイレに行くのがめんどうでたいへんなめ、水を飲む量を控える年配の方がとても多いからでした。

わたし自身はといえば、朝9時から外来診察が始まって、昼食も食べずに終わるのが午後4時、なんていうことはざらにあり、テンションを維持するために摂る水分はコーヒーになっていました。

やがて500mlのペットボトルの水1本を持って外来診察をするようになりました。しかし忙しくてそれさえ飲み切ることはほとんどありませんでした。なのに患者さんには「しっかり水分を」というわけですから、ずいぶん矛盾していました。

水が大事なことについて身をもって体験するようになったのは、登山を始めてからです。当直明けに体力がなくなったなあ、と感じ始めた40歳から、いきなり本格的登山を始めました。何と最初の年から北アルプスに登っていたのですから、あきれる人もいるのではありませんか。

ところで登山では、水を飲むのを我慢したら倒れてしまいます。でも、一気にたくさん飲むと余計にしんどいから少しずつ飲みなさいといわれました。ある時、面白いことに気づきました。持ってきた 水はあまり飲めないのに、山の湧き水はごくごく飲めるのです。それも山の上の方の水より少し降りて からの水、つまり地中から湧き出てきた水の方が美味しく飲めました。

その後、エナジックの販売店さんから電解水を紹介されました。しかし興味はわかず放置していましたが、数カ月経ったころに自分で調べてみて、 やっと山での体験が何だったのかが理解できました。良い湧水はアルカリ性だったのです。

だったら、しんどい思いをして山に行かなくて も、電解水生成器を通して毎日同じような良い水 をいつでも飲める――これはなんて素敵なことだろうと思うようになりました。これが、わたしの「電解水との出合い」でした。

略歴
医学博士 上古眞理(じょうこ まり)
(株)Peak Health Energy代表取締役。
1990年滋賀医科大学卒業
同大内科医局の研修を経て93年同大医学部大学院に進み96年医学博士号取得
98年4月より2017年12月まで京都岡本記念病院に勤務
18年1月より19年12月まで彦根市立病院勤務
専門は神経内科
滋賀県在住

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